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大阪高等裁判所 平成2年(行コ)21号 判決 1990年6月28日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が昭和五七年九月三〇日付でした八鹿町営土地改良事業(団体営ほ場整備事業・朝倉地区)に関する同事業の施行認可処分を取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文に同じ

第二  当事者の主張

原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。但し、次の付加をする。

一  控訴人

本件事業計画に基づく工事及び換地処分は、まだ完了していないから、本件認可処分を取り消すことによって原状を回復することは、物理的に可能である。

仮にそうでないとしても、本件のような場合には、行政事件訴訟法三一条によって事情判決がなされる余地がある以上、本案に入って審理判断がなされるべきである。そうすると、本件訴えを却下した原判決は、速やかに取り消されるのが相当である。

二  被控訴人

控訴人の右主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一  当裁判所の判断は、原判決の理由一ないし三(原判決一三枚目表三行目から同枚目裏四行目まで)と同一であるから、これを引用する。但し、次の付加、訂正をする。

原判決一三枚目表七行目から八行目にかけて「成立に争いがない乙第三一、三二号証」とあるのを「成立に争いのない乙第二一ないし三〇号証、三一、三二、三五、三六号証、弁論の全趣旨により成立の認められる同第三三号証」と改め、同表末行の「社会通念上、」の次に「法的に」を、同枚目裏三行目の「できないから、」の次に「右のような意味では」を、それぞれ加え、同裏四行目の「訴えの利益はない」を「訴えの利益もない」と改める。

二  当審での控訴人の主張について

1  控訴人の主張は要するに、行政処分の取消しにより原状回復が事実上不可能である場合でも、いわゆる事情判決による行政処分の違法宣言がなされる余地があることを前提として本案に入って審理判断がなされることによって、被処分者(原告)の受ける損害の賠償ないし今後の損害の防止の方法等について裁判所による考慮、調整がなされるべきである。そうすると、その前提として訴えの利益は、肯定さるべきであるというにある。

2  当裁判所は、行政処分の取消訴訟について、行政事件訴訟法九条にいう訴えの利益の有無を判断する際には、同法三一条の事情判決の可能性の有無がその要件にはならないとの見解を採るものであるが、以下その理由を詳述する。

(一)  行政事件訴訟法九条にいう訴えの利益は、本案審理に入る前提としての訴訟要件であるのに対し、同法三一条の事情判決は、本案審理を遂げた後、終局判決でなされるものである。したがって、両者は、手続上、截然と区別すべき概念であって、混交することは許されない。

(二)  同法三一条は、事情判決をなすべき事情の有無について、裁判所に職権探知ないし職権調査の権限を与え、あるいはその義務を課したものではないから、右の事情は、当事者により主張されるか、あるいは少なくとも当事者提出の訴訟資料の上に表れていることが必要である。したがって、裁判所は、当事者により主張されるか、当事者の提出した訴訟資料に表れない限り職権で事情判決をすることはできない筋合である。

ところで、事情判決制度の根拠は、少なくとも第一次的には、公益性を有する既成事実の尊重という点にあることから考えると、行政処分の取消訴訟の当事者のうち処分庁である被告に主張、立証責任を認めるべきであって、原告に主張、立証責任があるとするわけにはいかない。なぜならば、行政処分の取消しを求めている原告は、あくまで取消しを求めてその取消事由を主張、立証すれば足りるのであって、事情判決をうることによって利益を受ける処分庁に事情判決の主張、立証義務を負わすのが、訴訟上の負担の衡平に資することになるからである。

そうすると、原告には、事情判決を求める申立権(反面からいえば裁判所がこれに応答すべき義務)がないから、取消訴訟での原告の事情判決についての主張は、たかだか、裁判所に対して、本案の審理が行われたときには、事情判決がなされる可能性のあることを示唆するにとどまる。したがって、もともと訴えの利益のない取消し訴訟が、申立権のない原告からのこの主張があるために訴えの利益が生じ、本案に入って審理をしなければならないとするのは、無理である。

(三)  事情判決は、終局判決で行政処分の違法であることを確認するにとどまるから、取消訴訟の原告にとって、このような確認を求めることに法律上の利益があるとはいえない。

すなわち、本件のような本件事業計画に基づく工事及び換地処分が、全部、完了してしまい、原状回復が、物理的に全く不可能とまでいうことはできないが、社会的、経済的損失を考えたとき、社会通念上、法的に不可能な場合、原告として、残された道は、損害賠償請求しかない。ところで、損害賠償請求は、取消訴訟と関係なく提起できるのであるから、取消訴訟の原告にこの点で事情判決を求める法律上の利益があるということにはならない。

もっとも、事情判決のなされる可能性がある場合には、訴訟の進行中に、取消訴訟の原告が、被告に対し、事実上、その被った損害の填補にとどまらず、今後の損害の防止措置を講じることや事業の一部修正等を求めることが可能となり、これによりいわば紛争が和解的に解決される余地があることは否定できない。しかし、これは、事情判決制度を含む訴訟制度の事実上の利点にすぎないから、このような利点があることから取消訴訟の原告に事情判決を求める法律上の利益があるということにはならない。

三  以上の次第で、控訴人の本件訴えは不適法であり、これを却下した原判決は相当である。そこで、本件控訴を棄却することとし、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古嵜慶長 裁判官 上野利隆 裁判官 瀬木比呂志)

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